

←こんな基礎体温表を簡単作成。自分の基礎体温と妊娠した人たちとのシンクロ検索が可能
タイミング
卵管造影検査
クロミッド、ルトラール
フォリスチム、HCG注射、ルトラール
AIH
2009年に結婚してハネムーンが1年後になっていたので、それまでは避妊していました。(厳格ではなく出来たらその時はその時、というくらい緩いもの)
しかし結局妊娠はせず、ハネムーンへ行き解禁。 そしてその後生理を一回経て妊娠。 ちょうどクリスマスの時期でした。
大喜びして病院へ行き、無事に胎嚢は確認されましたが次の日出血。朝救急で見てもらうと切迫流産しかけているとの事で、仕事を休み一週間ほとんど寝たきりに。 しかし、一週間後トイレに行った時大きめのレバーのような固まりが出てそのまま初期流産となりました。
あんなに泣いた事はないというくらい泣きました。 そのままつらい年末年始を迎え、仕事に復帰。 しばらく子作りはお休みという事で3度の生理を見送り、子作り再開。 しかしかすりもしない月が続き体温もがたがたになっていました。
年末市の子宮頸癌検査に行ったのをきっかけに不妊治療を開始しました。 しばらくはタイミングを見てもらう日が続きましたが、なかなか妊娠につながりませんでした。 ちゃんと検査をしましょうという事でホルモン検査の結果、高プロの疑い、そして、黄体機能不全気味と言われました。
また子宮ポリープがあると言われました。(大丈夫でしたが) 卵子の成長も遅め、そして高温期が短い。 散々な感じでした。 12年5月卵管造影検査をしましたが、特に問題はありませんでした。
12年6月からクロミッド、HCG注射、ルトラールを服用。 しかしなかなか妊娠せずまま、半年が過ぎました。 年末年始を挟むので一度お休みしましたが、やはり撃沈。 新年になり、フォリスチムを自己注射する事に。 HCG注射を打ったその日の夕方左足に激痛が。
そしてその後OHSSとなり、血栓が出来ているかもという数値が上がって行きました。 その後体温は高くキープできてるし期待していました。 しかし足の痛みはどんどんひどくなり、ひどい時には1時間転がって痛みにもだえ、嘔吐するくらいになりました。
お風呂上がりに過呼吸になったり、あまりにも身体がつらいので仕事を休ませてもらう事になりました。 (仕事場には治療をしている事は伝えてあり、副作用がある等の事も言ってありました)
その後も痛みはひどくなりましたが、周期26日目に妊娠検査薬が陽性に。 喜び勇んで病院に行きましたが、出血が見られる事と血栓の数値がさらに上がっている事と、腹水がたまっている事で即入院となりました。 超音波検査等でも血栓は発見できず、整形外科でも見てもらいましたが分からず、翌日にMRIを受ける事に。
次の日痛みで起き、痛み止めをもらっても全く効かず、トイレに行った帰りにそのまま痛みで嘔吐、倒れてしまいました。 その後の記憶は曖昧です。 看護士さんに発見され、ベッドに連れて行かれ先生達がバタバタとやって来て内診されました。 そして子宮内は血でいっぱいという事、胎嚢が崩れていると言われそのまま流産手術を受ける事になりました。
悲しみより痛みがひどく声にもなりませんでした。 痛み止めが全然効かず、相当強い薬を打たれ続けました。 飛んで来た主人がサインして手術へ。 終わって痛みで起き、泣き、また眠り、痛みで起きる。 痛みの中MRIも受けたのですが、やはり何も見つからず。
足をもいでくれ!というくらいの痛みの中両方の両親、妹弟が集まったのを朦朧として見てつらかったのだけをはっきり覚えています。
その後の経過は順調で、朝起きると昨日の痛みはどこに?という感じでした。 先生方も入れ替わり立ち替わり見に来て驚いていました。 膠原病の疑い、糖尿病の疑い等等、様々な検査をしましたが、結局これと言ってはっきりした原因は分からないままでした。
1週間の入院生活で少しづつ数値は下がり退院。 3月にドクターストップが出たため退職。 様子を見ながら完全に元に戻った所で大学病院に転院。 更なる検査をし、習慣性流産等の検査もしました。(問題なし)
5月に勇気を出してもう一度フォリスチムにチャレンジするも撃沈。 検査で甲状腺低下症気味という事でチラージン服用。 6月AIHに挑戦するも今までで一番早く生理が来て撃沈。 7月に引っ越しがあったので、治療をお休みした今回自然妊娠となりました。
とにかく体温が高温でした。 もともと低、高温期にあまり差がないのですが、今週期はくっきりと二層に別れていました。 また、とにかく眠く、暑い中横になるとすぐ寝てしまい、汗だくで起きるというのが続きました。 臭いは元々敏感ですが、さらに気になるようになり今は鰹節の臭いがちょっと苦手です。
食事は特に変わらず食べられます。 朝起きた時が一番気持ち悪いです。 チクチクした下腹部痛、腰痛が時々あります。 あと、ちょっと便秘気味になりました。
腹巻きと一体になっているパンツをずっとはいてお腹を冷やさないようにしていました。 ルイボスティは元々好きで飲んでいました。
もともとお酒はたくさん飲みませんが、基本をノンアルの酎ハイにして、飲み会の時くらいしか飲まなくなっていました。 キティのコウノトリはくちばしが取れましたがその1年後くらいなので関係あるか分かりません。 葉酸は時々飲んでいました。
この治療期間本当につらい事がいっぱいでした。 悪気はなくても、「私妊娠したいんですよ〜」と笑顔で言って来る友人。 そして、私より先に妊娠して「報告しまーす」と言われ。 いたたまれない気持ちで何度も泣きました。
年齢を考えると焦りばかり。 流産したあとは、テレビで赤ちゃんが映るだけで涙し、外で赤ちゃん連れを見れば震えそうになるという始末。
子ども関係の仕事をしていたのでなおさらつらい思いもたくさんしました。 なんで私は妊娠できないの?なんで?なんで?自分を責めていました。 しかし、癒してくれたのも子ども達でした。
子どもが好き。 単純ですよね。 頑張らなくってもいいや。って思います。 だってもう十分頑張ってるから。 いっぱい傷ついて、それでも前を向こうとしているから。
どんな形であろうが、幸せは人それぞれって思います。 ご主人ととことん話し合ったり、笑ったり、時にはケンカしたり、おいしい物食べて、色んな所行って、心をハッピーにしてください。
泣くのも我慢しないでください。 いっぱい泣いてもいいんです。 心にためておくより吐き出しちゃう方がいいんです。 きっと空で赤ちゃんは見ていてくれるから。 私達の頑張りを全て。 ここに来るみなさんの元にコウノトリが一日も早く来てくれる事を願います。
このサイトには本当にお世話になりました。 みなさんの投稿に励まされ、共感し、時には泣いたり。 膨大な情報を管理してくださってる管理人様に感謝します。ありがとうございます。
2度目の流産の時、あまりの痛みから「赤ちゃんを助けて」って言えなかった事後悔していました。 助けられなかったのは分かっていてもずっと心残りでした。 今回妊娠が分かって、胎嚢が確認された時「ちょっと小さいかな」と言われ初めの妊娠もそう言われ流産したので、次の検診まで恐怖でした。
生きた心地のしなかった2週間後心拍が確認でき、その時音まで聞かせて貰う事が出来ました。 ドクドクドクドク…と元気に打つ心臓の音を私は一生忘れないと思います。 泣き出す私を見て「頑張ってたもんね、良かったね」と助産師さんが一緒に泣いてくれました。
エコー写真の胎嚢が歪んでる気がして聞くと先生が「胎嚢はまんまるじゃないから大丈夫」 そして助産師さんは「私の姪っ子もよく脅かされてたけど元気な子産んだから大丈夫よ」と。 さらにエコー写真を見て「ほら、ハートの形してるじゃない」って言ってくれました。 確かに逆さから見るとハート形。 すごく心が安らぎました。
そして、治療中どんな時だって前向きで私を支えてくれた主人に心から感謝しています。 今回の心拍確認までの不安な2週間も、赤ちゃんを信じてお腹にずっと声かけをしてくれた主人。 この人の子どもが欲しい。心からそう思いました。 安定期に入るまではまだまだ心配はつきませんが初めて聞けた心音。 私の中で頑張っている赤ちゃんを信じて頑張ります。
長文で申し訳ありませんでした。 少しでも参考になればと思い長々と書いてしまいましたが読みにくかったら申し訳ありません。 ここに書き込みするのが夢だったのでとても嬉しいです。
月経の周期33日間(6/20〜7/23)