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妊娠できたよ2013 こなつさん

指を掴む赤ちゃん
妊娠できたよ!
妊娠できたよ!

年齢など絞り込みでるようになりました。苦しみを乗り越えた人たちの妊娠報告...

顔
  • 名前こなつ
  • 年齢36
  • 結婚10年
  • 妊活6年
  • 陽性4W0D
  • 胎嚢5W1D
  • 胎芽6W1D
  • 心拍6W1D
  • 治療5年
  • 原因黄体機能不全
    卵巣機能不全(低AMH)
    夫の精子無力症
  • 報告13/12/14

治療方法

医師によるタイミング指導

排卵誘発剤+タイミング

排卵誘発剤+AIH

顕微授精(自然周期採卵、新鮮胚移植)

顕微授精(高刺激の誘発による採卵、凍結胚盤胞移植)

妊娠までの過程

結婚後、すぐに子供が欲しかったのですが、諸事情により5年間避妊。 31歳で、ようやく子作り解禁。

1年半自己タイミングで頑張ったものの、かすりもせず。

近所の婦人科にて相談。

・医師によるタイミング指導 半年→陰性
・フーナーテスト 3回中2回 不良
・卵管造影検査 問題なし

不妊治療専門院に転院。

・フーナーテスト 2回 不良
・転院後すぐに、子宮内膜ポリープの疑い。
・クロミッド+タイミング 3回→陰性
・クロミッド+AIH 8回→陰性
・子宮鏡検査→ポリープ確認。1か月後に切除手術。
・卵巣年齢検査(AMH)→40代後半〜50代の卵巣年齢であることが発覚。体外受精を勧められる。

なかなか体外に踏み切れず、治療を休む。 結局、10ヶ月後にさらに有名な不妊治療専門院に転院。

・各種血液検査などをしている間、自然排卵によるAIH 3回→陰性
・子宮鏡検査→問題なし
・内膜組織検査→問題なし

ホルモン値などから、深刻な卵巣機能の低下を指摘され、体外受精に踏み切る。

・完全自然周期採卵+新鮮胚移植 2回→科学的流産

・完全自然周期採卵 さらに3回→排卵済みのため、AIHに切り替えるが、陰性。

・完全自然周期採卵 さらに1回→2個とれるも変性卵

・完全自然周期採卵+新鮮胚移植 1回→科学的流産

・不育症検査→大きな問題はなかったものの、免疫機能に多少異常があると言われる

・高刺激誘発による採卵→低AMHのためたった3個、うち2個胚盤胞で凍結
・1周期休んで移植、+12時間毎のカプロシン自己注射→陽性(一個が着床)

妊娠の症状

移植後、後半に、夜中にトイレに2,3回起きるようになった。
生理前のような腹痛。
判定日の3日前くらいから、時々だが乗り物酔いのような気持ち悪さを感じた。
判定日前、いつもより眠さを感じ、仕事から帰ってきてから1時間くらい寝ていた。

気をつけたこと

移植後、2日仕事を休んで、家でゆっくり過ごした。
体を冷やさないように、腹巻きをしていた。
ルイボスティーを飲んでいた。
ビタミンB,C,E,コエンザイムQ10,葉酸のサプリを飲んだ。
日常的に自転車を使っていたが、移植後やめた。

メッセージ

子作りを解禁した頃、まさかここまで妊娠まで時間がかかるとは、想像もしていませんでした。 まさか自分が・・・。そして、ステップアップのたびに、ここまでやればもう妊娠できるだろう、今度こそ、もうすぐ授かれるはず・・・。そう思っていました。

私だけじゃなくて、不妊治療を頑張られているほとんどの方が、そうなのではないでしょうか。 けれど、私のように卵巣がかなり悪く、夫婦ともに原因があり、しかも不育症検査にまで引っかかった場合でも、妊娠できました。

今思えば、もっと早く体外に踏み切っていれば、もっと近道をたどることが出来たかも知れません。 ステップアップを迷っている方は、ぜひ思い切ってやってみて下さい。

そして、妊娠まで6年がかりでしたが、毎日が本当に本当に地獄のようでした。 友人の中でも、家族や親戚の中でも、職場でも、最近はまさに私一人だけが取り残されている状態でした。

どうして私一人だけ・・・と思い、泣いてしまう時もたくさんありましたが、同じような苦しみを耐えている人はたくさんいる、私以上に困難な状況でも一生懸命挑戦している人がいるはず、と、自分に言い聞かせていました。

苦しくても辛くても、諦めずに治療を続けていれば、いつか答えを得られる日が来るのだと思います。 私も、地を這うように、前に進み続けました。

どうか、諦めないでください。きっと、お空で赤ちゃんが見てくれていると思いますよ。

その他ご自由に

初めての妊娠まで、6年。 本当に本当に長かったです。 そして、本当に本当に辛く苦しく、地獄の中でもがいているような日々でした。

子供が大好きな分、本当に辛くて、夫にもさんざん八つ当たりしたり、離婚まで切り出したりして、かなり迷惑をかけてしまいました・・・。

特にこの一年は、本当に私一人だけ取り残されていました。 妹の2度の出産、義理の妹の出産そして2人め妊娠。もう一人の義理の妹の体外受精による妊娠(私も同時期に顕微授精をし、科学的流産だった)。

残るは家族親戚見渡しても、一番年長の私一人だけになっていました。 職場でも、年頃の女性が次々妊娠し、産休に入っていきました。妊婦さんや、小さい子供のいる人のそばでの仕事は、正直つらいものがありました。

友達も、2人3人と産むし、順調に授かっていくし、仲間内で本当に私達夫婦だけ子供がいない・・・。 3度の移植も上手く行かず、卵巣ももう限界近く・・・最近は本当にまいっていて、精神的に不安定だったような気がします。

今回の移植がダメだったら、卵巣もそろそろ限界だし、養子縁組も調べ始めようかと、夫と相談していました。

子供の写真だらけの年賀状に、どうしてもプレッシャーを感じ、ここ2,3年は年賀状での挨拶もいい加減になってしまっていました。

うちだけ子無しなので、どうしても友人たちと話が合わなくなっていき、付き合いが悪くなり、ここ数年はまるで引きこもりのような状態に・・・(治療に忙しかったこともありますが)。

配慮のない発言や行動に傷ついてしまい、付き合わなくなてしまった友人もいます。 結局、私は「不妊様」だったんだろうと、自分でも思います・・・。

けれど、淡々と治療を続けました。 不妊治療専門院での治療も、大変でした。仕事しながら(パートですが)、いつも激混み状態で4,5時間もかかる通院を頑張っていました。

私の場合、頻尿体質なので、内診も診察も、採卵や移植も、本当に本当に苦労しましたが・・・。

不妊治療のストレス解消のため、夫と二人でよく旅行をしました。 飛行機での遠出から、車での日帰り旅行まで、全国のあちこちに行きました。そして、行き先で、必ずといっていいほど子宝の神社に参拝していました。

なかなか結果は出ませんでしたが、それはそれで楽しかったし、いい思い出です。 ちなみに、今年の年始には、京都の鈴虫寺に初めて行ってきました。お守りと御札も購入。願いを叶えてくれる幸福地蔵さまのご利益があったかもしれません。

長い長い道のりでしたが、ようやく、初めて妊娠できました。 出口の見えないトンネルの中で苦しんで苦しんで、ようやく出た結果でした。

私はおそらく相当頑固な不妊体質でしたが、こんな私でも妊娠できたのです。 だから、ぜひ諦めずに、前に進んでください。いつかきっと、答えは得られるのだと思います。

現在、心拍確認後すぐ切迫流産となり、自宅安静中です。 今も少量の出血があり、まだまだ心配な状況だし、きっと不安は、無事生まれるまで、そしてその後も続くのでしょう。 不妊の次の試練を、乗り越えていきたいと思います。

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