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妊娠できたよ2010 もじゃまるさん

指を掴む赤ちゃん
妊娠できたよ!
妊娠できたよ!

年齢など絞り込みでるようになりました。苦しみを乗り越えた人たちの妊娠報告...

顔
  • 名前もじゃまる
  • 年齢32
  • 結婚5年
  • 妊活2年4ヶ月
  • 陽性新鮮胚移植11日後(12日目の妊娠判定前日、うっすらと陽性)
  • 胎嚢5w0d、8.5m
  • 胎芽7w0d、胎芽9.7m
  • 心拍7w0d
  • 治療1年6ヶ月
  • 原因抗精子抗体+、排卵不順(排卵しても20日以降)、多嚢胞性気味。
  • 報告10/5/18

治療方法

・フェマーラ+タイミング5回。
・クロミッド+タイミング2回。
・クロミッド+人工授精2回。
・顕微授精2回、体外受精1回。

妊娠までの過程

・2008年、赴任先の国で治療開始。2008年6月〜12月:多嚢胞性気味と言われ、フェマーラで排卵誘発、タイミングをとる。

・2009年2月、帰国。2月〜不妊治療専門クリニックで、タイミング(2周期)受けながら、一通りの検査を受ける(フーナーテスト、各種血液検査、卵管造影、精液検査など)。その結果、毎回フーナーは良くなかったが精液検査に大きな問題はなく、私に抗精子抗体があることが判明。

・抗精子抗体値が3.1Hで特別高くないことから、人工授精を2回試みるも妊娠せず。

・体外受精専門の有名クリニックへ転院。1回目、完全自然周期。未成熟卵から成熟し顕微授精、新鮮胚移植→妊娠反応見られるも、自然にお空へ帰る。

・2回目、クロミッドで排卵促すも、採卵1個、振りかけ式で受精せず。

・2回目、クロミッド+フォリスチムで採卵。通常の体外受精では抗精子抗体が卵子の周りで精子の侵入を防ぐことがあると聞き、顕微受精で1個の卵を新鮮胚移植→妊娠。

抗精子抗体をもっており、治療の第1選択は体外受精と聞きへこみましたが、着床しやすいとの情報もあり、希望がもてました。実際に2度とも着床することができ、あってよかったかも、と思ったりもしました。

妊娠の症状

殆どない。高温期、よくある「妊娠の兆候」を見ては「私にはない」と不安&イライラしてしまいました。私は特に変化はなく、強いて言えば2回目の高温期、いつもまっさらなショーツにほんの少しおりものがついてるかな?という程度です。

気をつけたこと

・鍼灸+自宅でのお灸+有酸素運動(ホットヨガ。30分のランニング)。

・2度目の体外受精が失敗に終わった時、鍼灸に通ったことが私には大きかったです。鍼の先生はゆっくりと私の話を聞き、専門的な見地からアドバイスをくれました。施工中は治療のグチなども聞いてくれ、今まで抱え込んでいたものがすーっと吐き出されていくようで、とてもリラックスできました。先生が良かったのだと思います。相性って大きいなぁと思いました。

メッセージ

がんばっている自分を誉めてあげてください。そして、旦那さまがいるからこそ治療に望めると。待ち望んでいる全ての人たちのところへ赤ちゃんがやってくるよう、心からお祈りしています。

その他ご自由に

不妊期間、このページに報告できるようになったら書きたい!とずっと思っていたことがありました。今更のただのグチなのですが、書かせてください。(くだらないと思いますので、読み流してください)

私事ですが、主人の仕事の関係で2005年夏より海外に赴任しました。そこは日本人同士の結びつきが強く、日本人村みたいな感じ。しかし、そこで親しくなった同世代のある女性に、私は次第に苦しむようになりました。

彼女は完璧なのです。一流の家庭に育ち、頭も顔も人間性も素晴らしく、かといってどこか抜けていて親しみやすい。私は彼女とプライベートのグループでも語学学校でも、週3は参加するスポーツの集まりでも全てが一緒で、次第に自分と比べ、劣等感の穴に落ちていきました。

自分なりに何度も気持ちを整理し、前向きに努力しましたが、改善は難しかった・・。赴任2年半が過ぎ子どもができず、現地の不妊病院へ通おうと考えていた頃、彼女の妊娠が発覚。

人間の生理的能力まで彼女に劣るのか思いましたが、表面は必死に笑顔。私が参加する全ての環境にお腹の大きい彼女が現れ、みんなに祝福される一方で、私は片道2時間かかる病院で治療。陰で涙することも多々ありました。

当時タイミングをしていたのですが、医師や主人の考えで「高温期は着床が剥がれる可能性があるから、スポーツは禁止」となり、狭いスポーツの世界の仲間に風邪と言った以上家にこもらねばならず、そうしているうちに生理がきて、悲しみをふっきるようにスポーツに参加。

そしたら久々のスポーツなのに妊娠中の彼女も参加。スポーツ仲間の小さい子ども達も来ており、私の心は沈んでいました。奇声をあげる子どもたちについどんよりした目をやり、その時視界に入ったのが、彼女のその子たちへの優しい眼差し。

私はトイレへ駆け込み、自分の境遇と醜さと行き場のない心に号泣でした。全て自分が人間的に未熟で消化しきれていないだけのこととわかっていたけど、どうすることもできなかった。

日本での出産を控え帰国する彼女の送別会に、誰よりも多く参加するのが辛く、その時は、今笑顔で乗り切ったらもう2度と会わなくて良いから・・と自分に言い聞かせて乗り切りました。

これらのことは帰国した今でもちょとした傷です。少しずつ、乗り越えていくことができたら、自分も多少は成長できるのかもしれません。

みゆままさま。海外赴任当時から、相談できる人も情報も限られた中、このページを見ることで本当に救われました。ありがとうございます!!このサイトに助けられている人が、世界各地にいると思います。これからも応援しています!!

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